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私のことはどうでもいいので、私の好きなものの話をします

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ラルクのドキュメント映画を見てきた話【Over the L’Arc~en~ciel】

便宜上、ラルクの記事を「ヴィジュアル系」カテゴリに入れた私をお許しください

2014.12.05「Over the L’Arc~en~ciel」

ユナイテッドシネマ浦和PARCO

 

L'Arc〜en〜Cielのドキュメンタリー映画を見てきた。

公開初日とはいえ、上映開始21:20。そんなに人もいないだろうと思っていたら、さすがはラルク、大盛況であった。 

映画全体の感想としては、やや自分の期待値が高すぎたかなというのが正直なところである。この作品は、2012年に遂行されたワールドツアー(世界14都市17公演)を、本人方と周りの証言を織り交ぜながら追ったものである。それは、ドキュメンタリーというよりも総集編に近いところがあり、後述するTETSUYA(さん・以下敬称略)の発言から察するに、こういうことなのかなと。こういうプロモーションを、当時リアルタイムで日本に発信したかったのかなと。

ただ、ラルクが20年もの長きにわたって第一線に居られる所以が、メンバーの発言や行動の節々から垣間見えたのは良かった。しかし、私は一方で、上映中に頭の中でパラレルのごとく「劇場版 パンドラ・ザ・イエローモンキー」のことを思い出していた。なんだか途中からはずっと、ラルクの進んでいる道と、既に完結しているTHE YELLOW MONKEYの物語を照らし合わせるような、そんな気持ちで鑑賞していた。

解散しないバンドってなんだろう、とか、

どうしてイエモンは解散しなくてはならなかったんだろう、とか。

メモを取ってきた訳ではないので発言についてはニュアンス程度と解釈して頂ければ幸いですと断ったうえで、本記事においては気に留まった点をいくつかピックアップしていきたいと思います。

・喋ってる(といっても他のメンバーと相対的にみると喋ってないんだけど)yukihiro(さん・以下敬称略)の素直な思いが聞けるフィルムであること。

自分たちが音楽を始めた頃は、まだ「音楽をやる」こと自体が特別な時代であったこと、加入にあたり、ラルクがとても画期的であるがために魅力的であったことなど。劇中の記者インタビュー風景では(ツアーの感想を)「嬉しい」一言で済ませるなど寡黙な応対に終始するが、それは「一言では表せないから」という、全編を通してある意味一番温かい回答をしているのもyukihiroであった。

・「一人の天才が引っ張るバンドではない」(TETSUYA

・「ロックの形は人それぞれだから、みんなどこかでバランスを取っている」「てっちゃんだけがバランスを取っている訳ではない。僕も取っているし、kenちゃんも、ユッキーもとっている」(hyde

全員曲が書ける(ヒット曲の作曲者もわりとバラバラ)であることは、他のどのバンドと比べても大きな強み、かつ大変稀有であり、聴く者を飽きさせない理由の一つである。普通は、4~5人の中にそういう才能が2個でもあろうものなら崩壊まぬかれない気もするが、ラルクの場合は、戦略家のTETSUYAを中心に、ラルクがビジネスであることを正しい意味で全員が理解していて、かつ各々がソロプロジェクトを持つことで共通の多角的な視点を備えており、感情的にラルクへ入れ込み過ぎていない。

端的に言えば、驚くほど大人、すなわち理性的なバンドの感を受けた。

演出がうまくいかなかったことに対して、「コンサートだからと言って、間違ってもいいよね。ではない」とスタッフへ直接ものを申すhyde、照明の演出での意向が噛み合わず、ドキュメントカメラへ席を外すよう指示するken、大型会場でのセッティングの不備に対し、これがもしF1レーサーであったとしたら大事故につながるのだから、命を懸けてやれとスタッフを叱るTETSUYAなど、見ている側からすると「ちょっと気まずい」「できれば観たくない」「なんとなく胸が痛い」シーンも基本的にはカットされず入っている。但し、そのどれもが、スタッフを恫喝したり、頭ごなしの大御所気取りというわけでなく、そこから『言わなければならないことは言う』『言わなくてもいいことは言わない』メンバー各人の線引きのようなものが浮かび上がってくる。(事項へ続く)

ラルクが今、海外でこんなにも精力的に戦っているということを、日本国内にもアピールしてもらわなければ意味がない(TETSUYA

本記事の書き出しで触れた発言がこちらである。ラルクのプロモーションて昔からどこかユーモアに満ち溢れていて*1かつて出演したTBS「うたばん」内でも石橋貴明中居正広両氏にプロモーションのうまさをほめられたり、なんか作ってと懇願されていた記憶があるような、ないような。

この太字発言もTETSUYAにとってはスタッフへの釘さしだったのかもしれないが、前述した「総集編に近い」とはこのことで、この作品自体に明確な目的(例えば何かを解明するとか)があるかといえば恐らくそういうわけではなく、あくまでも「2012年のワールドツアーでのラルクは、こんな感じでした」と教えてくれるものである。これに対して、「パンドラ・ザ・イエローモンキー」については、イエモン解散の理由を解明するものだと明言はしないものの、実際にその意味合いは大きく、みんなそのヒントを探しに劇場へ足を運んだ部分は少なからずあるだろう。

マディソンスクエアガーデンがどのくらいすごくて、ラルクが日本人として史上初めて同会場で単独公演を行ったことがどれほどすごくて、このツアーがラルクにとってどれほどの挑戦なのか。そういうことは、確かに国内にいると非常に伝わりづらい。

「思い出づくりに行くこともできるけど、商業的に成功させたい」とTETSUYA自身が語っているが、正直、今さらべつに苦労をしなくてもやっていけないことはないラルクが強い思いで臨んだツアーなのだから、その意義や意味をきちんと周知させるべきだと考えていたのであろう。私自身、恥ずかしながら売れに売れまくったバンドは何年かに一回の暇つぶし公演や焼き直し音源で食べていけないわけではないから刺激が少ないとついつい思ってしまいがちだが、このツアーに挑戦することの意識や意気込み、日々積み重ねる成功、裏側にあるストレス、それを回避するための真摯な姿勢一つ一つがこうしてファンのもとへ届くまで2年以上かかってしまった。

バンドの劇場ドキュメンタリー自体が最近は随分流行っているので、その点では時機を逸している訳ではないのだが、もとより前衛的なテツ氏のことなので、本当はこういうことを2012年のうちにやりたかったのかもしれない。わからないけれども。

・「音楽は、僕が赤と言ったら赤」(hyde

今年、朝井リョウさんの「スペードの3」を読んだ。うろ覚えだが、結局スターになる人には何かしらのドラマや、欠陥や、人生における障害があって、自分は平凡な家庭に生まれ育った凡人にすぎないのだということが、登場人物の心情として嘆かれる一節がある。

hydeさんは、元々色彩の識別能力が弱いことを自ら劇中で語るが、映画の終盤において、特殊なサングラスのようなものを装着することによって本当の色彩を実感するに至り、視線の向こうにいたTETSUYAの赤い衣服について談笑するシーンがある。

元々、絵が好きであるがゆえにそれを生業とすることを希望していたhydeさんは、今述べたような理由で道を絶たれてしまうが、音楽と出会ったことで、音楽によって自分の思う色を表現できることを知り、道が開けた旨を語っている。個人的には、この場面が一番胸いっぱいになったシーンであり、音楽をやることの意味を持っている人というのはこういう人のことなんだ、と頷けるほど腑に落ちた。特筆しておきたいのは、主人公は悲劇的であるべきということではなく、hydeさんの優れたセンスとずば抜けた才能が、絵とは違う形で、きちんと世界に放たれたことに対する「胸いっぱい」であり、ネガティブな意味合いはない。むしろ逆だ。

・やっぱりkenが面白い

海外(たしかフランス)でのインタビュー中、『ラルクは△年後、どうなっていると思うか』の問いに対し、「ハゲて、云々」みたいな返しをした後、街に出たkenに強風が吹きつける。そこでタイミングよく、kenがかぶっていた帽子が後方へ飛び、「どうする!?今のヅラだったらwwさっきあんな話してたのにwww」とかなんとか言いながら走って帽子を追いかけるシーンは劇場内でも笑いが起こっていた。

(メンバーと)「真面目な話はあまりしない」「音楽で(演奏を通じて)話をすればよい」と語る作品中のkenは、少々のナーバスなシーンを覗いて終始このような具合であり、時々こういう茶々が入ることで映画全体をダラダラさせない役割を果たしていた。  

世界が見たラルクラルクが見た世界 

「パンドラ」では、当時のスタッフの事故死が明かされたが、今回のラルクでも、ハワイライブの折に“ラルクを取り巻くどなたかの死”が追悼の演奏と共に織り交ぜられている。この人ではないか、という説は散見されているが、確証の無いことなので割愛します。

そしてハワイの地での、涙ながらの演奏により昇華されていくような形で本作品は幕を閉じます。

Over the L’Arc~en~Ciel

今年3月、取り壊しの決まっている国立競技場で行われたL’Arc~en~Cielのライブに足を運んだ。これはジョークだが、日常のラルクはソロ活動が中心となり、ラルク自体は、「ラルクが開店しているときに行かないと次いつになるか分からない」、もはやサークルみたいなもんだと構えている。気が付けばライブばっかりやっている気がするGLAYとは対照的だが、どちらも第一線を走り続ける憧れのモンスターバンドである。

世代の問題もあり、私がリアルタイムでラルクを知ったのは「虹」の頃、実際に好きになったのは「winter fall」からだった。この時点で、ドラムは既に現メンバーのyukihiroである。

それからずっと、ラルクが好きだ。

 

ラルクのドキュメントを観ながら、イエモンのことを思い出していた。

ラルクは理性的な大人で、イエモンは優し過ぎたんだなとボンヤリ解釈した。

終止符を打って伝説になるバンドあれば、これからも伝説を生きるバンドもまた、ここにあり、なのです。 


Over The L'Arc-en-Ciel

*1:新聞の全面広告「ベスト盤は出しません」とか、ラルクがどこまで噛んでたのかはわからないけど、缶コーヒーのCM「近頃の若者は…」でラルクが出てくるやつとか、「STAY AWAY」のCM「ラルク最近踊るんだって」とか。詳しく調べて並べるべきでしたね。いつもオーチャクばかりですみません。