私のことはどうでもいいので、私の好きなものの話をします

Twitter:ane_channel/ちょっと声張りますね。

(前編)いつかブログをやることになったら絶対に書いてみたかった話をします

「一番“売れた”時期」と「一番“良かった”時期」はイコールで結ばれるか

「もしも『SHARK2』の主人公が海老沢ゆずるだったら」とか「神ちゃんのカラーリング365日を2015年の公式カレンダーにすべき」とか、まーーーーーた本文と全然関係のないくだらない見出しをつけようと思ったのですが、すーーーーーぐに脱線するのでやめました。

本日掲げたテーマについては、過去に何度も何度もTwitterに書いてみたいと思ったことがあるのですが、一回書き始めてしまったら もうbotとしてしか今後の人生を歩めない気がしたので自分の心の中でずっとこねくりまわしていました。もう数年に渡って考えているんじゃなかろうかと思います。前回の、平野と関西勢10選(後編)より長くなりそうな予感しかないのですが、今回は「売れた」と「良かった」について、私なりにじっくり考えてみたいと思います。

 ちなみに平野と関西勢10選はこちらです。今回の話とは全く関係…なくはないか。

(後編)マイブームは世につれない、世はマイブームにつれない - 私のことはどうでもいいので、私の好きなものの話をします

 

 

先日、めったに開かないLINEのタイムラインを指の誤操作で開いた際、視界に入った投稿にぎょっとしてしまった。ゴールデンボンバーさいたまスーパーアリーナ公演のチケットが『発売中』だったのだ。たしかに、最近は公式Twitterでも各地の当日券情報がちらほら流れてくるなあとは思っていた。とは言えここ数年、ゴールデンボンバーについてはてっきり全公演即日ソールドという認識でいたので、結局「『女々しくての人達』の一歩先へは行けなかったのかな」と何故か少しだけしょげて画面を閉じました。

 

たとえWikipediaに載っていなくても

2009年と2010年、それぞれ2月に「柏 Thumb up」(千葉県柏市)というライブハウスにて「Girls Girls Girls」と銘打った単発ライブが行われていた。会場の公称キャパシィは250人、ライブハウスの公式ホームページには「JR柏駅南口より徒歩12分。メジャーアーティストから地元高校生、社会人バンドまでノンジャンルで営業中!!」と謳われている。駅から建物への所要時間はたいてい盛ってあるのがお約束なので、もちろん12分以上かかることは言わずもがな、バレンタインの時期というのは当たり前だが凄まじく寒い。

当時大学2年生だった私は、このどちゃくそライブイベントで初めてゴールデンボンバーを観た。

今度(2014年10月22日)に行われるさいたまスーパーアリーナ公演は『スタジアムモード』で実施するとのことなので、キャパシティは36,500人、単純計算で柏Thumb upの146倍ということになる。

柏公演のチケット代はたしか2,300円だったと思う(チケット保存に執着がないもので、間違いがあったらごめんなさい)。対バンメンツについてはSINCREA以外の共演者を思い出せず、インターネットの力を借りるべくパトロールしてきました。

 

Crest of Aleiste

BACK FIRE

レールトレィサー

SINCREA

HITT

ゴールデンボンバー

 

7バンドいた(つまり、あと1バンドいたような)気がするけれど、記憶違いかもしれないし、OA(オープニングアクト、つまるところ前座)であと1バンド居たのかもしれません。私はグッズもあまり買わないし、チケットも取っておかないし、ライブDVDもまず買いません。「モノより思い出」などとイキるくせにのちのち後悔することが結構多いです。

SINCREA(シンクレア・現FEST VAINQUEUR)は、当時ゴールデンボンバーの事務所の先輩バンドだったので、『SINCREAの前座がゴールデンボンバー』みたいな立ち位置が当たり前だったんですね。しかしこのころ(2009年後半~2010年前半)になると、まだまだヴィジュアル系リスナー(以下、バンギャバンギャル)内での浸透ながらも、SINCREAとゴールデンボンバーの立ち位置は逆転し始めてしまいます。

 

2010年に入ると、dwango.jpでの12か月連続新曲配信を行いながら、初の全国ワンマンツアー「ワンマンこわい」を成功させます。「ワンマンこわい」の本公演と追加公演で渋谷O-WESTをソールドさせたことでも弾みがつき、秋の「パンツ大作戦」ではキャパシティを上げた恵比寿リキッドルームも完売。地上波放送などでも彼らのことが取り上げられるようになった秋、CD音源としてリリースした「また君に番号を聞けなかった」がオリコンウイークリーチャートで初登場4位を獲得。年末には「全力バカ」と称してSHIBUYA-AXレベルまで辿り着きます。彼らはここで、かねてから噂されていた「メジャーデビューオファー」の存在を明かすとともに、これからもインディーズでの活動を続けることを宣言します(メジャー行きま宣言)。

今思えばこれはとても大きいことで、「メジャーに行ったら“あがる”=ファンを辞める」といじけてしまいがちな一部ヴィジュアル系リスナーにくすぶっていた空気を一掃できたことが一点、そしてもう一つは、この後に一般層やライト層を取り込んでいくうえで大変わかりやすい形で「とにかく面白そうな(新しい)ことをやっている」自分たちの存在を市場に強く打ち出し、アピールできた出来事だったと思います。

何をやってもうなぎのぼりの一年。対バンに出れば「とうとうこのレベルの人達と共演できるようになったのか…!」の連続です(とりわけ2010~11年頃。12年以降はもはや、私から説明することなど何もない知名度と心得ています)。

以下はあくまでも個人的な見解として聞き流していただけたら幸いです。後述しますが、ゴールデンボンバーの物語はすでに三度、完結していると思っています。一度目は、2代目ドラマー(エアだけど)・天空城団吉(天さん)から現ドラマー(エアだけど)・樽美酒研二への交代*1、二度目がこの「メジャー行きま宣言」、そして三度目は2012年初めに行われた日本武道館ワンマンです。

 

続く2011年、ボーカルの鬼龍院翔さん(以下:キリショー)がニッポン放送オールナイトニッポン」のパーソナリティーに大抜擢されます。しかし、開始数か月で東日本大震災が発生、予定されていた全国ツアー「一生バカ」の初日公演も延期となります。(補足ですがこの折、キリショーが動画サイトにて「らふぃおら」のデモ音源を発表しています。)

過去から現在に至るまで、キリショーのことはかなり商才のある人だと思っています。『誰もやる人はいないんだけど、もしもこれをやったら必ず当たる』『誰も答えない質問なんだけど、本当はみんな答えを覗いてみたい』、こういうことに対して、必ずアクションを起こすし、回答を用意してくる。

一時期よく、『キリちゃんは繊細だから…(泣)』(だからなんやねん、なんであんたが守るねん)みたいな勢力が一定数居たような気がするんだけど(今も存在しているのかは知りません)、私はこの人のことを、繊細さと同じくらい「自分の愛され方を理解している人」と見ていて、語弊を恐れずに言えば、そのためのしたたかさとか腹黒さをちゃんと持ち合わせていると思ってる。それがきちんと商才の中で機能していて、かつ、繰りだされるアイデアが(月並みだけど)めちゃくちゃおもしろい。

 

さておき、2011年の活動の流れは、雑に端折れば基本的に2010年のバージョンアップであった。

「僕クエスト」「女々しくて/眠たくて」「酔わせてモヒート」と、再販の「女々しくて」*2以外も良作をリリースし、土台であるライブも精力的にこなしていく(2011年は前述の「一生バカ」の後にも全国のzeppを制覇する「zepp全通ツアー」を遂行している)。そうともなれば乗っかってくるメディアの数と規模はさらに増え、台風の目のような金爆の人気は破竹の勢いと言って差支えなかったと思う。

9月に初出演したテレビ朝日ミュージックステーション」では300人ほどの観客を入れたスタジオライブが行われた。やたら風が強い日だったと思う。私自身もこの現場に当選し、彼らのMステ初出演の晴れ舞台に就活カットで参加している。

そして年の瀬の空気が漂い始めた11月、「zepp全通ツアー」東京公演後、2012年1月に日本武道館2daysワンマンを行うことを発表。この発表があった公演にもまだ就活カットで参加していた私*3は正直、ものすごく感動していた。

もともと、ゴールデンボンバーを見つけたのは自分の中で結構な偶然だったので、貧乏学生のささやかな楽しみとしてこれほど楽しい興行はなかったのかもしれません。チケット代は安いし、金爆の公演拠点は基本的に都内。さらに、ライブ2,3日前の「行けそうだし、行くか~」でチケットが取れていたんですね。それがいつの間にかそうではなくなっていたけれど、不思議と「売れてしまった」とか「変わってしまった」みたいな気持ちはなかった。月並みだけれど、本当に、胸がいっぱいになった。

ひとりで見に行った公演の帰りだったため、しみじみした気持ちと、感極まったような、誰かに大きな声で話をしたいような、そんな興奮に包まれていたことがあだになり、ライブハウスから東京テレポート駅までの道中に転んでワンドリンクのビールをぶちまけたのも今では良き思い出である。

紅白歌合戦には呼ばれなかった。内心、呼ばれるんじゃないかと思っていた。

 

2012年、歳が明けたと思ったら超満員の日本武道館が終わり、私的なことを言えばいよいよ大学卒業を控え、そう思うにつけ、毎日がいっそう加速度を増していた。

春はあっという間に来て、社会人になった。

その後は2回だけ、ライブに足を運んだ。同じ12年6月の横浜アリーナ、それから秋に慶應義塾大学で行われた学園祭公演。気が付けばそれから丸2年間の月日が経過しようとしている。

 

2012年と2013年は、本当に紅白歌合戦に呼ばれた。

このあたりはもう、自分よりくわしい人がもっと沢山いると思います。

 

学生でなくなってから、自ら逐一、状況を追いかけることがとても難しくなった。

だけど売れてくれさえいれば、誰もが見るような番組やら街頭ビジョンやら、思わぬところで見かけることができる。それを「変わってしまった」と捉えるケースもあるけれど、金爆の場合は規模だけでかくなりまくりつつも、驚くほど根本が変わらない。

だから売れてくれてよかったと思う。

ほっといても、自分で調べなくても、「新曲が出た」とか(きちんと聴いてなかったりするけど)、「またブログから抜粋されてネットニュースにされてるよ」(だいたい誇張されているか、キリショー・研二あたりの言葉のあや)とか、ざっくりだけれど近況を知ることができる。その度に「久しぶりに見に行こうかなあ」と思うんだけれど、結局行かない。

それはなんでだろう、ってことをずっと考えていたんだけど、結局、日本武道館公演までを『ラスボスへの道程』のように感じていたから、その後2年間以降の現在、それから今後続いて行く活動をどうしても、ラスボス後の『その後の世界』みたいに捉えているからなんじゃないかという結論に至った。

 

その後の世界は、どちらかと言えば「挑戦」よりも「安定」の意味合いが強い。シドーも神様もオルゴデミーラも居ないから、ひたすらレベルを上げたり、全身メタル装備シリーズで揃えようとして執着したりしてる。

ライブもそうだけれど、発信側が仕事を作って「何かやるよ」とさえ言えば、必ず投資し、消費してくれる固定ファンが一定数いる。「維持する」って、やってる側は文字以上にものすごく大変なことなんだろうけれども、落ちるでもなく、急上昇していくでもない状況は、少しずつ自分の中で「絶対に見逃してはいけない公演…でもないかな。」になっていく。

私はたぶん「挑戦型」に足繁く通うのがとても好きで、それが「安定型」に変わったと認識した瞬間に、鑑賞頻度がものすごく落ちる。挑戦期にアホみたいに通い詰めたものほど反動がでかい。バンドなんていつなくなるか分からない、すなわち「安定型」とこちらが勝手に思い込んでいるコンテンツだって、いつなくなるか分からないと知っているはずなのに、いいかな、今回は。と、スッと引いてしまう。

紅白歌合戦に呼ばれた年、2012年からがNHKもお墨付きの「年間通して、本当の売れっ子になったエアーバンド」なのだと思う。だけど、該当年1月の武道館公演を以て、自分の中でのゴールデンボンバーは多分、完結してたんだなあとも思う。

 

現在は、前述のような形で見かける彼らを少し遠くで観ながら、懐かしく思ったり、ほほえましく思ったり、もう説明するのが面倒くさいから好きだったことすら人に話さなかったりしている。

 

最後に、『その後の世界』を生きるゴールデンボンバーに四度目の完結を見るならば、それはきっと東京ドームなのかな、と思ってます。

 

もうすぐ会員の更新期限が来る。

今年こそ現場へ行く。

…かすら分からないけれど、私は今年もまた更新するんです。

一年早いなあ、とか、今年こそ行くぞ、とか思いながら。

*1:臨時的にりく君(鶏和酢 里紅(とりあえず・りく)が入っていた時期もありますが、ここでは大まかな流れのみに触れます。

*2:言わずと知れた「女々しくて」は2回リリースされており、1回目は2009年リリース、この後の飛躍の起爆剤となったのが2回目のリリース、2011年のものです。

*3:①まだ就活をしていたことに対するツッコミ受付窓口と、②まだ就活していたのに足を運ぶことを辞めなかった姿勢に関するクレーム受付窓口をそれぞれ用意する所存です。